何を置いても、自分が自分のホンネを認めていい。

どんなにヨコシマな気持ちでも、人に言えないドロドロの気持ちでも、自分だけは、それを認めることが大切。

 

正しくありたい。

 

何となく、そう思う。

 

けれど…

 

現実的には、そう甘くはない。

 

優先席にどっかり座って寝ている若者を見て、ちょっと立てよ、と思う。

 

なのに、ひどく疲れて帰りの電車に乗った時、思いがけず座れた座席!と思うと、初老の男性が乗ってきた。まぁ、譲られても嫌がるだろう、と決めつけて、すぐに睡眠…

 

ということだって、あるかもしれない。

 

いや、逆の方が多いかもしれない。

 

疲れて、座っていたいのに、あ〜あのおばあちゃん…疲れてそうだなぁ…私が譲らなきゃ誰が譲る!と意気込んで、すっくと立つ。

 

気持ちはいいけれど、モヤモヤ。

 

まったく、目の前に立つんじゃないよ!

 

そんな悪態を堂々と、心の中で叫びたい。

いい人ぶって、あるいは、自分がそういう人でありたくて、譲ってもいい。

けど、あ〜ホントは座ってたかったのによ〜という、人には言いづらいヨコシマな気持ちを大切にしたい。

 

人を羨んだり、妬んだり、そんな人に言えない気持ちも、心の中に湧いてきてしまうのは当然なんだ!

 

人に言えた方が、早くラクにはなると思うけど、言えないからこそ、心の奥にホンネは熟成されていく。

 

くさやになる。

 

まず、自分が一番に、自分のヨコシマで、醜くて、最悪なホンネを認めたいと思う。

 

どうせ、みんな同じなんじゃない?

ホントはね…